'70 アテンションプリーズ研究
ロケ地 探訪
〜関山さんの実家、ついに発見!〜
「三條美紀の娘さんが主役で、スチュワーデスの実家っていう設定だったわね」
山中酒店のおばあさんは当時のことをよく覚えていて話を聞かせてくれた。
持参した写真を見てもらうと とても懐かしそうに「もうみんな見にいって大騒ぎでねぇ・・・」
撮影隊はかなりの大人数、そこへ商店街のギャラリーも加わり、大変なにぎわいだったらしい。
紀比呂子はそこそこ有名ではあったが大ブレイクへの途中という時期だったのかもしれない、
大映のスター女優・三條美紀の娘としての認知度が高かったようで
「三條美紀の娘さん」が主役のドラマの撮影が来たと盛り上がっていたらしい。
舞台となった関山洋品店のことを尋ねると、親切にもそのお宅まで連れていって下さった。
関山洋品店はこのAさんのお宅。
いまは建て替え新しい家になっているが昭和45年当時は商店をやっていたそうだ。
玄関を開けると「奥さん、ほら昔ここで撮影があったでしょう、」と声をかけ、話を繋いで頂いた。
Aさんご夫婦からお話を聞かせて頂くことに。撮影の時のことはよく覚えているとのこと。
昭和45年の秋頃、突然5人くらいのスタッフがやってきて庭からの風景を見せてほしいといわれたそうだ。
この回の監督は金谷稔、撮影・田端金重、照明・鈴木道夫、最初に尋ねてきたのは彼らではないかと推測する。
庭からの景色を確認、「よし、ここにしよう」との会話の後に撮影をさせてほしいと依頼され、
そして何と、そのまますぐに撮影に突入。
ロケ場所にある程度の見当はつけていたのだろうが突然撮影開始というのもすごい。
関山洋品店の看板、正月の注連飾り、餅つきの道具、すべては東京から持参してロケハンをしつつ
すぐに撮影に入る用意をしていたものと思われる。
庭から見える景色。
今では瀬戸大橋やレインボーブリッジなど巨大建造物はめずらしくはないが
当時は開通したばかりの中央自動車道のこの巨大で近代的な橋がめずらしかった。
中央自動車道の橋脚と手前の川、近代的な風景と田舎の風景がミックスされ、
かつ眺望が良かったことからAさん宅がロケ地に選ばれたらしい。
餅つきをした関山洋品店の庭。
撮影当時はこの庭にスモモの木があったが枯れてしまったために伐採したそうだ。
関山洋品店の前には材木屋さんがあったそうで、居間越しに見える道路にその姿がチラッと映っている。
周辺の商店の方々や住人がみんな集まってきたこと、またスタッフの人数の多さもあってAさん宅周辺は
たいへんな人数でとにかく大騒ぎだったとのこと。
関山百合のお父さん役は木田三千雄
ウルトラマン、太陽にほえろなど数々の作品に出演している名脇役である。
Aさんのお話によると、お父さん役の木田三千雄はうまく餅をつけず、
餅つきの音も勢いよく出なかったためにAさんが交代。餅をつく音だけを収録したそうだ。
庭で餅をつく関山さんのお父さん(木田三千雄)と美咲洋子。
お母さん(北城真紀子)はコタツに座って餅に粉をまぶす作業・・・部屋の居間と庭の位置関係はこの通り。
下に道路があり、この位置から美咲洋子と関山百合を撮影したシーンもあった。
美咲洋子と関山百合。
「懐かしいわ、この景色。佐賀の私の家もね、こんなところなのよ。田舎っていいわね」
「いいわねぇ、同期生って」と話すシーン。
二人がもたれかかっていた手前の柵は撮影当時のままである。
「私の家、バスから降りてかなり歩くのよ」と関山さんは言っていたが、実際はさほど遠くはなかった。
Aさんにお聞かせ頂いたお話の中でバス停についても確認。前ページで紹介した通り、ここが正解だった。
当時はバスがこの道を走っていて実際のバス停もこの位置にあったとのこと。
バス停に二人が着いたシーンに映る背景の橋はこの歩道橋。
建設中で塗装前だったために橋は錆び止め塗料の赤色だった。
大月でのシーン。
関山さんの実家編、数えてみるとカット数は47。全シーンは5分28秒。
1日では撮りきれず撮影は2日間に渡ったそうだ。5分を撮るのに2日!
テレビとはいえ映画の撮影とまったく同じ手法で丁寧に作られたことがよくわかる。
関山さんに無理矢理連れてこられた気持ち!?の今回のロケ地訪問はこのあたりで。
2010.1.20